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ハーフ 61&50

1月2日 ことし初のコースへと上武ゴルフ場に行った

ガッカリしたのは天気はそこそこだったが風が強く、ボールは押し戻されるし、時間も2時頃のスタートで混んでいたから最後の方は日が沈む寸前だったので、主人は寒い寒いと震えながらやっていた

こんなだからスコアは当然良いわけも無く、またまたパットは4パット3パットありでハーフ61も打ち、今年も私のゴルフ状況はこんな物みたいだ!!

2日にサービスのスタンプがいっぱいになったので、今度は無料で出来ると思い17日に又ハーフで予約を取ったら、カート代とゴルフ税が掛かり無料と言うわけには行かずちょっとガッカリ!!

でもスタートでパーをとり今日は調子が良いかも・・・と思っていたが、やっぱり最後の方で躓き、50を切ることが出来なかった。パットが2日よりかなり良かったので何故か気分よく帰れた。3パットが無かった分50で済んだ

来週”白内障”の手術をするので又2ヶ月くらいはゴルフが出来ない!!

出来ない状態があるから出来るときの嬉しさも味わえる・・・今日は主人は”鳳凰”に行っている。風も無くお天気も良くて最高のゴルフ日和で喜んでいるでしょう

こんな日にゴルフが出来るのは本当に幸せな事だと思う。でも成績の方はどうだろう・・・?

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喪中にて・・・

我が家のニュース

それは昨年の出来事になるけど、11月24日に10日間入院した義母が他界した。

長い間タバコを吸い続け、お医者さんにはめったに行かない人だったけど、行った時(7年前)に「医師にタバコは止めなさい」と言われたにも拘らず止められなかった。

今回、具合が悪くても中々お医者さんには行きたがらず、だんだん食事も出来なくなり、お風呂も入りたがらず、病院に入院を勧めたが「家が良い、ここに居たい・・」と言うので、ならば”デイサービス”をお願いしようと言うことになり手続きをしたら、やっぱり医師の診察が必要と言うことで、渋々近くのお医者さんに行って診察してもらった。

その結果、肺に水が溜まり大動脈瘤も見つかり、「デイサービスはお勧めできません・・何時破裂するか分からない状態です・・入院がいやなら家族の方は大変でしょうが家でノンビリ過ごすことが本人のためにも良いでしょう・・」と言うことだったので、仕方なくそっちの方向へと決心した。

本人も即入院と言われるかとビクビクして行ったのに一緒に帰れると分かると「薬は・・・!?無いの・・じゃぁ死ぬのを待つだけだ・・!!」とアッケラカンとして言うので、 私も受付の人たちも顔を見合わせて苦笑いした。

何時も「もう良いよ~何で死ねないの~もう十分だぁ よっぽど私は業(どの字が相応しいのか分からない)が深いんだなぁ・・・」と嘆いていた。だからようやくお医者さんのお墨付き(死への)が貰えた事への安心があったのだろうと思わずにはいられなかった。

”自殺”も頭をよぎった様だけど、「そんな事をしたら今まで良くしてもらったあんた達が悪く思われて迷惑が掛かるから、それだけはやっちゃいけないと思っているから・・」と言う事を何ヶ月か前に言っていた。

入院中は点滴を外したりするので2日目に行ったら、ベッドに大の字に縛られていたのでビックリしたが、これもしょうがない事だと納得はしたものの、今まで寝たいときに寝る。飲みたいときに飲みたいものを飲む。と自由にしていた人が、飲み物、食べ物を一切ダメ・・挙句の果ては両手足を縛られ自由をなくして「信じられるのはあんただけだ・・」と私の顔を見て開口一番そう言った。

これに関しては色々話したいこともあるけど、まとめが上手く出来ず長くなりそうなので止めておき、ただこれだけは言って置きたいと思うことが1つある。

夜中に救急車で病院に運ばれた時、当直の先生が「今日はどうしたの・・?今日はどうしたの・・?」と繰り返し聞いてきた。その意図が何となく伝わってきた。なぜこんな風になるまで連れて来なかったのかと攻めている様子だった。何故こうなった今になって連れて来たの・・?と言いたかった事を強く感じ、本人の意思に従いそうしたのに、物凄く攻められているようでとても悲しく辛かった。

私としても入院してくれるほうがよっぽど楽だったのに、本人がそうしたくないと自分でも痛さを苦しさを我慢して、トイレも最後まで自分の足で行っていたのに、それを私たちがお医者さんに連れて行かなかったかのように言われた事へのショックは大きかった。

でも10日間の入院中、本人の意思だったと悟ってくれたのか、3日目か4日目にその先生に廊下ですれ違う時に、”ニコッ”と笑いかけてくれた事により、私達の事も理解してくれたのかなぁと思った。

入院中何も口にできず、最後の最後に大好きだった”リポD”を”一垂れ”味わいむせてしまったが、「ありがとう!!」と言われ、こちらとしては「反って苦しい思いをさせてしまいごめんなさい」という事しか言えなかった。

11月24日が88歳のお義母さんの命日となった。今頃お義父さんやわが最愛の息子と一緒になって、ホッとしながら私たちを見守ってくれている事と思います。

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